今朝、友達のYさんからメールが来た。
何時も、何でも報告して呉れているので、大概の状況は手に取る様に解る。
今日の夕方に、兄貴が東京から来て、土曜日にはホロンゴルフ倶楽部(菊川市友田)で一緒にプレーする。
兄貴は、昨年の秋からメールを使わなくなってしまっている。
理由は定かでないが、パソコンも携帯メールも繋がらない。
LINEも使っていないので、ショートメールで送るしか連絡出来ない。
又連絡しても、返事をすぐによこさないので、解っているのか?解っていないのか?知る術がない。
金曜日に来ると、夕食の場所(何時も大村バーと決まっているが)や、蒲団の用意とかあるが、
本人は、「もう決まっている事だ」と思って、ちっとも連絡をよこさない。
兄とは生まれてからの付合い(この言い廻しは「とろろ飯」(http://www.daiichi-printing.com/blog/08/1949/)で使った)なので、63年だ。
昨年は62年だった。
この63年を振り返ってみると、(特にこの40年間)兄との連絡と言う事について考えさせられる。
その昔は、家に戻っての会話に依った。
その後は、メモ書きを残しておく。
少し経った後、お互いの生活の基盤が変わった時は、電話だ。
居なければ、電話に出た人に伝言をお願いしておく。
これで40年前は事足りた。
この後、会社の連絡方法には、ポケットベルと言う呼び出し機器を使った。
然しながら、携帯電話が普及して来たここ20年来は、瞬時に連絡が取れない不安と、心配になる。
いつも通り、金曜日の夕方、静岡に着き、大村バーで食事をして、五月庵でソバを食べ、寝る。
そして、朝一番で、父母の墓参りをして、島田のラーメンショップでラーメンを食べて、ホロンゴルフに着いてプレーをする。
何時も同じであるから、兄は別に連絡を寄越さなくても、決まっていると思っているだろう。
僕は18年間、携帯TELを使っていて、この間、一寸用事でドコモショップに行った時、受付の女性から、「私の扱ったお客様で、一番古くからのご利用です。」と言われた。
当時、ある人に、
「携帯を持っている人は、その筋の人か、葬儀屋だ。」
と言われた記憶が有る。
この18年間で、急勝な僕は、より急勝になった様だ。
果たしてこの便利が、人間に取って良い事か?と思う。
電話や無線が出来る前、遠くの人に連絡を取る方法は、「伝書鳩」だった。
鳩の帰巣本能を使った手段だ。
もっと太古の人は、テレパシーと言う超能力を使った様だ。
この能力は、今では超能力と言うが、その昔は通常の能力であった様だ。
現代人は暮らし易くなったのか?暮らし方が大変になったのか?
よくわからん。
解るのは、メールより鳩の方が好きだ!
- 古くの通信方法、狼煙
- 便利な?スマートフォン。
記 ダボ・イトウ