平成23年(2011年)3月11日は、”私達” ”その時” 日本人として生き残った人達は東日本大震災の被害の大きさ、地震の規模に驚かされた。
あれから9年の歳月が流れ、傷跡は癒えたと思っている人達が多くなったが、決して東北地方の人達はそうではなかろう。
福島第一原発の廃炉問題も100年処理課題と考えたら、未だ一割到達未満である。ダボの子供達の生涯の中でも終了するとも思えない大災害である。
このブログで震災から4年後の2015年の今日書いた「遠くの落雷」(http://www.daiichi-printing.com/blog/03/2315/)では、大震災の後、日本銀行に掲げられた半旗の写真を載せたが、今日はどうだろう。
通常am9:00にブログをUPするが、今日は日銀の旗を撮って来たのでam10:00時の掲載となった。
静岡葵区内で3月2日、新型コロナウィルスの感染者が発生した、との発表があった。発表の仕方や調査の方法で色々と論議が有ったが、その事ではない。
それまで静岡市では感染者が出ていなかったので、手洗い・マスクなど気を付けていたが、やはり「遠くの落雷」的な気持であった。しかし今や落雷は近くに落ちて来た。
ゴルフの時や山奥で釣りをしていると、時折カミナリの音が聞こえる。遠くの音がだんだん近くなって来る。
”残りあと数ホールだ。” 雨が降ってきて、”魚の喰いが良くなって釣れ始める。”この時の判断が重要だ。いつ避難小屋に入るか?いつ竿を納って岩陰に隠れるか?
遠くの落雷を身近な落雷と感じないと危ない。それにしてもこの時期になると石巻市の石巻水産から「つち鯨」の生肉を5kg買って「ハリハリ鍋」や「竜田揚げ」をよく食べていたが、震災でリストが流れてしまったのか?その後 連絡は無くなってしまった。
記 ダボ・イトウ