「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす・・・」
平家物語の語り出しの一節である。
新しい年が始まった。
年末の31日から、長崎、佐賀、博多と旅行をしてきた。
31日早朝に静岡を立って、昼少し過ぎに長崎に着いてグラバー邸を最初に見学した。
この時、昼食はチャンポン麺を食べようと計画していた『四海樓』は休店していて、ついにこの旅行中、チャンポン麺は食いそびれた。
グラバー邸は初めての見学だ。
静岡の高校の僕らの時代の修学旅行は普通九州であったが、僕らは中学と同じく京都・大阪を廻ったので、長崎は初めての旅となった。
初日(12月31日)は一寸市中を廻って(坂の多い町にびっくり。高齢者は住むに大変な処と感じたが。。。)元旦の日は、軍艦島ツアーに行って来た。
通称軍艦島は、端島と呼ばれている島で、石炭の採掘によって栄え、消滅した島で周囲1200Mの小さな島に最盛期は約5300人もの人が住み、働き、閉山と共に無人島となってしまった島だ。
その姿が戦艦「土佐」に似ているので、軍艦島と呼ばれ、今では栄華の名残を見学する観光地になっている。
日本一テレビの普及率が高く、東京より人口密度が高く、神社もスナックも床屋も商店街まで、この島の中で完結していた隆盛も、今ではただ廃墟となり、正に諸行無常だ。
国のエネルギー政策の変更に依って、この島は衰退した。
今、問われている原子力エネルギーもその内転換するだろうが、それは何時決定され、どの様な社会に変化するのだろう?
軍艦島の名前の由来は戦艦「土佐」に似ているからとの事であったが、確か「土佐」は日本海海戦で活躍した「三笠」の後継艦として計画され(8.8艦隊)、それこそ三菱長崎造船所で建造されたが、ワシントン軍縮会議で廃船が決まり、標的艦としての使命を終えた後、名前の由来の土佐沖で自沈させられた悲運の戦艦です。
栄枯盛衰と言うなら、栄えて活躍した時代を過ぎて後、衰退と言う事だが、廃船で自沈とは悲しい。
自分の人生を考えた時、残りは少ないが、まだピークは来てないぞ!
されば、栄盛に向かって、未だ上り調子だ!
ここの処の気象は冷え込みが激しい。
特にかの方向(北東)からの風が冷たい。
日曜日(15日)富嶽カントリーに行って来た。
「寒風を 胸に抱きて クラブ振る」
ダボ・イトウ作
この句は、高浜虚子の
「春風や 闘志抱きて 丘に立つ」
の盗作です。
ここで冒頭の平家物語のさわりに戻る。
「但 春の夢の如し」
記 ダボ・イトウ
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