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インフルエンザ感染VOL.6 – NO.432

インフルエンザA型

今年のブログの書き始めは「新年会」(http://www.daiichi-printing.com/blog/01/5455/)で続いて1月11日に「IWC」(http://www.daiichi-printing.com/blog/01/5499/)を記して、今回は1月24日で前回ブログから2週間経ってしまった。

ブログは前回のブログでNO.431回、平成25年2月が最初ですから、ちょうど6年が過ぎているので、72ヶ月、月平均7本弱と言うことになるので、2週間空くと言う事は珍しい。

 

何故なら、この2週間はインフルエンザに罹り、S病院に拘束されていた。

11日の夜から入院となり、20日の昼まで退院出来なかった。

予防接種は毎年行っており、今まで一度もインフルエンザに罹った事はなかったので、大丈夫と思っていたが、油断は禁物である。

11日の夜、会合が有り、遅くなった。

帰宅が11時になり、僕にしては珍しい。

翌土曜日の朝、「明日は早くAM4:00に出社して、皆の年末調整を仕上げて、連休前に現金支給をしてあげれば喜ぶだろうな〜。早く寝なければ。」

と思って、行動が雑になった。

元来、急勝な性分に加えてこの考えなので、一寸出血してしまった。

救急でS病院に行った。

N赤は近くだが、今日は担当でないので、他に行って下さいとの話になったので、仕方なくS病院に行った。

担当医師の若いYドクターから、「夜遅いですし、止血を確認しますので入院して下さい」と言われ従った。

(このYドクターは若くて親切で素晴らしい対応で感謝している。29日に外来で再診して戴くので、お会い出来る事が楽しみだ。)

「入院となると一週間です。今日は11日ですので、18日まで入院して戴きます。」と言われ、これも仕方ないと思い、入院措置となった。

「個室をお願いします」と申し出たが、4人部屋の入り口のベッドだと言う。

2〜3日の辛抱だからと思って、横になったが、隣の先人の咳で眠れなかった。

入院となると、検温や血圧を調べに来る。

2日すると、熱が出始めた。

風邪薬を処方してもらったが、38度を超えて、インフルエンザの検査をしたら陽性反応が出て、隔離となった。

すると、奥に居た先人には「個室に移って下さい。差額は取りません。」と言って連れて行って、そこに後から入って来た人はインフルエンザ患者で、この病室自体が隔離病室だ。

S病院は数年前、院内感染が起きて大問題となったので、職員一同ピリピリしていた。

廊下にも出してくれない。

自販機もすべて看護師さんが買って来てくれる。

全く身動きをする事が出来ない。

最初の2日くらいは「あの仕事の処理は〜?」とか「あの用件の結果は?」とか気になっていたが、3日も経つと、動きがとれんので、携帯だけが命である。

メールや話が出来ると言う事は救いである。

それで色々考えた事は、日産のゴーン氏は連絡も取れない。

良い悪いではなく、強靭な精神力だと思った。

2、3日でこんななので、2ヶ月も耐え続けられる体力、精神力は日本人と少し違うのか?僕が柔過ぎるのか?と言う思いであった。

 

このスペースしかない

20日の朝、退院の許可が出たので、タクシーで家に帰った。

この時、タクシーの運転手さんと話をしていて、「病人ばかりの送迎は嫌ですね」と話をしたら、「僕はお客様を降ろした後、窓を全開にして10分間外に出ます」と話してくれた。

何でも、皆充分過ぎる程の対策をとって、良い結果を導く。

看護師さん達もマスクは当然だが、目の周りにも透明のフィルム(食品関係者が口の辺りに着ける様な)でも覆っていた。

会社でも色んなクレームに対する改善案を作っているが、より一層の今考えられる限りの方法を見つけ出し、明日に向かって挑戦だ!

明日への挑戦

 

        記 ダボ・イトウ

One thought on “インフルエンザ感染VOL.6 – NO.432

  1. 入院されたと聞いて心配していましがた、無事退院されて安心しました。で、2月24日懲りずにマラソン出るので、前日のお誘いごめんなさいです。すみません

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