昨日、唐瀬に一寸用事が有り、麻機(あさばた)街道を車で走っていた。丸山町を通っていて思い出すのは、48年前に発生した七夕豪雨の事だ。ダボがちょうど大学を卒業して仕事に就いた一年目の事でした。今で言う「線状降水帯」が静岡市の真上で発生して大災害となった。
この時、丸山町で山崩れが発生して、それまでロープウェイが有り、市民が楽しんでいた施設は、開発の影響により崩落の原因と言われ撤去となった。
この豪雨が有った時、兄貴の中学の同級生で、両親が親しく先方家族とお付き合いをさせて戴いていたT氏宅が唐瀬に居た。出水で家から出られないとの報を聞いて、父親と弁当を沢山用意して持って行った記憶が残っている。
僕等は渓流釣りをしていたので、胴付と言う腰上までのタイツを持っていたので、車を今の県立総合病院の裏手に置いて、正面玄関がある唐瀬通りの処まで持って行った事をしっかり覚えている。(この時『隅を歩くと水路に落ちるから中央を歩け』と言うアドバイスを警察の人から貰った。)
※ 今週の月曜日、この家の娘さんN子さん(ダボの中学の同級生)が亡くなったとの訃報が載っていた。
七夕の思い出はもう一つ有る。
兄貴の奥さんは清水銀座の出身で、義姉さんのお母さんが調子が悪いとの話を聞いたので、20年程前の事になるが母とお見舞いに行った。丁度、七夕祭りの最中で、初めて清水銀座の飾り付けを見て「賑やかだなぁ」と感激した。この時、母親と二人で冷凍パインを買って、帰りの車で食べて、とても「美味しかった」とも覚えている。
七夕の言い伝えは、牽牛と織姫が一年に一度のランデブーで、晴れると会える、雨模様だと星が見えなく会えない、という言い伝えが有る。
もう50年以上前になる。高校2年生の時、当時 憧れていたE学院の年上のKちゃんと、七夕の日に一緒に浴衣を着て、七間町に有った「Kパーラー」に行こうと約束をしていた。その七夕の前日・前々日と、もの凄い豪雨でせっかくの約束も駄目か?と思っていたが、朝まで降っていた大雨は午前中にピタリと止んで、最高な夜を迎えることができた事。半世紀も過ぎているが、鮮明な青春の思い出だ。
記 ダボ・イトウ