幼稚園、小学校、中学校、高校と同じだったS浦君が、今月1日に亡くなり、通夜、葬儀と悲しい別れが有った。
彼とは、数多くの想い出がある。
幼稚園の催事の時、一緒に写っている写真が有るし、中学、高校とバスケ部で一緒に汗を流した写真も数多く残っている。
ブログ「旧友(https://www.daiichi-printing.com/blog/05/13048/)」
彼は、永年役所に勤めていて、局長職で定年を迎えた。
僕が仕事で彼の処へ行った時、局長室で立派な背広姿で会った事は昨日の様に覚えている。
40数年前、我が社(第一印刷(株))は、本通から与一に工場を移転した。
当時(昭和55年頃)は、会社の前は水路が有り、農業用水が流れていた。
久らくして、この水路を暗渠にする工事が有り、S浦君が役所から現場指揮に来た事は忘れられない。
その晩、今は無くなってしまった酒蔵『S寿』で、日本酒と鰹で一杯やった。
ご冥福をお祈りします。
局長室で、僕を迎えてくれた姿は最高でした。
今月5日の静岡新聞を読んでいて、2つの記事が目に留まった。
一つは、前日の4日、静岡市で最高気温39.3度まで上がり、今年の全国一、観測史上最高だったそうだ。
もう一つは、バブル崩壊後、東証最高値を更新した、と言うニュースであった。
【閉塞感が巷に溢れ、「リゲイン」を飲んでも、今一盛り立たない(ママ)。】
株価や最高気温は、時代が続く限り、最高値は更新される。
メキシコオリンピックの時、走り幅跳びのボブ・ビーモン選手の出した8m90cmは、空気の薄い高地での記録で、もうこれ以上の記録は平地では出ないと言われていたが、アメリカのパウエル選手が1991年に5cm上回る8m95cmを出して抜いた。
時代が続く限り、史上最高静岡の温度も、株価の最高値も、限りなく最高と言う事はない。(S浦君の様に最期を迎えてしまうと、最高時は解ってしまうが。。。)
印刷業界は、デジタルの波に飲み込まれ、苦しい。
でも、時代が続く限り、最高はまた生まれるし、最低も最後が来ない限り、解らないのである。
生きている限り、最高の恋人を掴みたいものだ!
※やっぱり、あいつはダボだ!!
追記:
今年3月16日にS浦君と一緒に撮った5人の写真も、3ヶ月後にはS浦君が亡くなり、佐賀から葬儀に来てくれたT君との5人となった。
あと一人の同級のN村君、元気かなぁ?
記 ダボ・イトウ