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弁当 VOL.6 – NO.474

井川メンパ

ダボ・イトウは高校時代 バスケット部に所属していた。

若い時なので、「食欲」と「●欲」は非常に強かった。

練習はきつかったが、今 思い出しても楽しい日々であった。朝食を食べて学校に行くが、1時限が終ると もう腹が空く。弁当を2時限が始まる前に食べてしまう。所謂「早弁」だ昼休みはひたすら寝て、午後の練習の為の体力温存である。

毎日 母親が弁当を作ってくれた。ダボの弁当箱は井川メンパを使っていて、飯をぎっしり詰めてくれていた。そして必ず醤油に浸した海苔を真ん中に入れ、又 飯を盛り上段にも海苔を乗せる。二段弁当であった。

これはダボの大好物だったので、3年間 必ずこのスタイルの上に「おかず」を付けてくれていた。

娘達も弁当持参だった

娘二人も中・高校と弁当持参での学園生活であった。もう25年以上前になるが、その当時から冷凍技術が発展して冷凍食品を弁当のおかずによく利用していた様な覚えがある。

 

近頃 遠足が学校恒例行事から外れてきていると言うネットニュースが流れていた。運動会も午前中だけの行事となったり、遠足も中止となる時代となり、ダボの学校生活様式も遠い昔の事となっている。

確かな事は検証していないが、どちらの変化の時も、家庭で弁当を作る事が負担になるという事情が少なからず有ると言う。
学校給食に対する不満の声をよく聞くが、給食を廃止して「弁当に」と言う事になると、これ又 反対だ。先般「自助 VOL.6 – NO.471(http://www.daiichi-printing.com/blog/09/6480/)」というブログを書いたが、給食・弁当に関しては「公助」が優先である。

 

遠足と言えば、手元に小学6年生の時に藁科川へ行った時の写真が有る。一人は非常に仲の良かったI津君。彼は若くして起業し業界でも有名になった成功者であった。その彼は若くして亡くなった。
もう一人の彼女は S(旧姓K)さん。彼女は今年1月、病気で亡くなった。「今年は年賀状が来ないなぁ~?」と思っていた矢先の訃報だった。

 

皆 古稀を目前にして、時代の流れの変化を目のあたりにしている。

 

 

        記 ダボ・イトウ

 

 

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