平成18年11月2日 母が亡くなった。
新聞に訃報を載せた。あれから13年の歳月が流れている。やはり13年の歳月は物事を変化させる。ダボは未だ55才であった。この当時は亡くなると訃報を新聞に載せる事はある程度 普通の事であったが、今ではほとんどの人は掲載しないし、たとえ載せても、住所は記さない。
父が亡くなった後、平成12年から「メモリット」と言う名で葬家に対して色々な情報やサービスを提供する仕事を始めたが、訃報欄からの情報が取れなくなり事業は停滞気味である。(会社のホームページをご覧下さい。http://www.daiichi-printing.com/memorit/)
母の通夜は自宅で行ったが、ここ10年程は自宅でのお通夜に訪問した事は無い。
1週間前の土曜日、同業者であるO氏の通夜が有り出掛けた。O氏とは父からのお付き合いが有った。O氏の奥様と父が仲間と一緒に5人程で香港に行った事は、もう45年程前の事となった。その奥様も早く亡くなり、父と通夜に行った処はご自宅であった。歳月の流れは何でも変化させる。
母の出棺は自宅で行って、近所の大勢の人達が旅立ちを見送ってくれた。葬儀の後、精進落としの席を行った。名門だった料亭「S」は、今は営業していない。
この席に参加して戴いた先輩M氏も10年程前に亡くなった。M氏が母の入院している処へ見舞に来てくれた事は今でも感謝している。
物事は何でも変化する。しかし、変化しないものもある。それは優しく育ててくれた母に対する想い出である。全く13年前と変ずだ!
それにしても変化が激しいこの13年は『目・歯・▲▲■』だ!!
昔の人はいみじくも言った。
記 ダボ・イトウ